大笹の関所

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大笹の関所

 上野国から北信濃国を経て越後国へ向かうルートで、鳥居峠を越えるいわゆる信州街道は、その代表的なものでした。寛文2年(1662)、沼田藩主真田伊賀守は、幕府の許可を得て関所を開設しました。

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 その広さは、約450坪とされ、周囲は、南側を土塀とし、束と北側には棚を巡らしています。中に入ると正面に番屋があり、上番所・改所(取調べ所)・下番所などがあります。改所には御道具置場があり、そこには、鉄砲などいわゆる関所の七ツ道具が揃えられています。門は東・北の2門があり、いずれも冠木門でした。

 関所番は、当初沼田藩の郷士4人、足軽格2人、下番役の百姓2人がいましたが、天和元年(1681)真田氏改易後は、鎌原氏など旧沼田藩士などの4人と、下番の大笹村の百姓2人が交代で勤務し、明治元年の廃関まで続きました。

 江戸時代には街道の要所に、行政上・軍事上の目的から関所を設け通交人を取り締まりました。上野国は全国的にも関所の数が最も多かった所とされます。そうした中にあって、大笹関所は、江戸と信州を結ぶ人馬取締りの目的で設置されたものですが、『諸国御関所書付』の「上野国所在関所一覧」によると、碓氷関所など6か所の重要な関所の1つとされています。

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 大笹街道は、善光寺平から小県郡の高原を経て高崎に至る道で、越後や善光寺平から上州を経て江戸へ出る重要な脇街道となっていました。そしてこの街道は、仁礼宿(須坂市)から標高1600mの菅平を通過して鳥居峠から上州大笹宿を通過し、沓掛(中軽井沢)にいたります。 非常に険しい道筋でしたが、北国街道の脇街道として繁栄しました。理由は、善光寺平から江戸へ出る北国街道より、四十キロほど距離が短いために宿継ぎに要する経費が少ないからです。そのために商人たちが、この街道をよくつかったのです。

 で、運ばれた物産は、菜種油。

 巨大都市、大江戸の照明の燃料(菜種油)を善光寺平から輸送していました。よーするに江戸時代のパイプラインです。別の言葉で言えば、江戸百万都市のライフラインでもありました。大笹は、その中間地点にあるので、ものすごい繁盛した商業都市でもありました。また、松代藩・飯山藩・須坂藩の米なども江戸に輸送されました。三俵積みの馬が一万頭も通過したという記録が残っていますから驚きます。

 もちろん本陣もありました。
 造り酒屋もありました。
 大笹守を醸造して各地へ出荷していました。
 温泉や鉱工業も盛んで、養蚕も行われていたようです。

 ただし、仁礼(須坂市)〜鳥居峠〜大笹の間は、標高1500メートルを越える菅平高原を越える険しい道が続いたために、冬季は交通不可能になる事が多く、遭難による死亡事故も多かったために、その供養と旅の安全を祈って、仁礼(須坂市)の外れから峰の原の供養塔まで、約17kmの間に60体ほどの石仏があります。

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 さて、この街道の大笹には、関所があります。大笹の関所です。今から330余年前の寛文2年(1662)、沼田藩主真田伊賀守が、幕府の許可を得て関所を開設したのがはじまりです。


 関所の広さは約450坪で、中に入ると正面に番屋があり、上番所・改所(取調所)・下番所などがありました。関所番は、当初沼田藩の郷士4人、足軽格2人、下番役の百姓2人がいましたが、天和元年(1681)真田氏改易後は、鎌原氏など旧沼田藩士などの4人と、下番の大笹村の百姓2人がおりこれが交代で勤務し、明治2年廃止されるまでの約200年間、通行人や草津温泉の入湯客など北国街道の脇往還の通行人を取り締まりました。

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 一部遺構である門扉はこの川を越えたところに復元されています。この門は廃関後取り壊されましたが当時大笹の土屋源三郎氏の先祖が払い下げ、秘蔵していたものを特に寄贈してもらい当時の絵図によって1946年復元したものです。旧大笹村の宿場のかつての賑わいを伝えています。

 群馬県は全国的にも関所の数が最も多かった所とされています。そうした中にあって、大笹関所は、江戸と信州を結ぶ人馬取締りの目的で設置されたものですが、『諸国御関所書付』の「上野国所在関所一覧」によると、碓氷関所など6ヶ所の重要な関所の1つとされています。

 ちなみに、この大笹の関所には、長野原から六合村にいたるまでの二十ヶ村の「おてんま」が割り当てられていました。「おてんま」というのは、嬬恋村の方言で「ボランティア」という意味ですが、伝馬が語源だそうです。よーするに関所の改修やメンテナンスを二十ヶ村で持ち回りで作業をしたのです。その割り当て作業をしたのが大笹村です。
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