大伴神社

北部地区 西上州 軽井沢地区 西部地区 その他
北軽井沢 浅間・嬬恋 碓井・横川 旧軽井沢 軽井沢駅 南軽井沢 中軽井沢 信濃追分 万座・白根 草津・吾妻
佐久(望月地区)の観光ガイド
■信濃追分の観光
■御代田の観光
■小諸市の観光
■東御市の観光
■佐久の観光(岩村田地区)
■佐久の観光(臼田地区)
■佐久の観光(浅科地区)
■佐久の観光(望月地区)
  望月宿
  脇本陣・真山家屋敷(国重要文化財)
  天来記念館
  望月歴史民俗資料館
  望月の石仏
  望月馬事公苑
  多津衛民藝館 望月窯
  大伴神社
  福王寺
  城光院
  茂田井間の宿
  武重本家酒造及び武重家住宅屋敷神
  しなの山林美術館
  春日渓谷
  蓼科山大河原渓谷
  春日温泉
  望月温泉
  布施温泉

サイトマップ(総合)
サイトマップ(信濃追分)
リンク
トップページへ戻る

大伴神社


 大伴神社社伝によれば、景行天皇40年の鎮座と言い伝えられています。大宝年間(70一〜4)諸国に牧場(官牧)が設定され、千曲川・鹿曲川に境した700メートル乃至800メートルの高原台地に牧草に適した草が繁茂し、その広さ3、000余町歩、これが朝廷直轄の牧場となり、所謂望月牧です。これを維持、管理する牧監が即ち早くこの地に土着して一大豪族となった大伴氏を祖とする望月氏が朝庭より任命され、長倉牧・塩野牧の長官をも望月氏が兼任しました。

 望月氏は大伴氏の子孫とも言われます。また『延喜式』内社「大伴神社」もその根拠の一つ。他にも佐久市周辺にあったとされる「伴野庄」 の「伴」も大伴氏から来ていると考える研究者もいるらしいです。『日本霊異記』には、佐久郡に隣接する小県郡嬢(をむな)里(上田市神川から東御市海野周辺ですか)には大伴連忍勝(おおとものむらじおしかつ)が氏寺を里の中につくったという記事があります。宝亀5年(774)のこととされますので、奈良時代の末に現在の上田市神川から東御市海野辺りに大伴を名乗る氏族がいたということになります。

このサイトは、北軽井沢ブルーベリーYGHが、趣味で制作している軽井沢からを中心とした地域の案内ページです。
古い情報もありますので、かならず御確認のうえ、ご利用ください。
なお観光情報に関するお問い合わせは、受け付けておりません。
各自で、直接、各施設や観光協会などに問い合わせてください。


群馬県吾妻郡嬬恋村鎌原1506-12 北軽井沢ブルーベリーYGHユースホステル     |トップページへリンクサイトマップ(総合)
北軽井沢ブルーベリーYGHの体験プログラム・ツアーについて

軽井沢グルメガイド北軽井沢観光北軽井沢物語軽井沢日記(ブログ)スノーシュー入門北軽井沢の散歩道信濃追分観光御代田観光小諸市観光東御市観光佐久岩村田佐久臼田佐久浅科佐久望月草津温泉六合村吾妻渓谷倉渕榛名高原万座温泉白根山バラギ高原菅平高原真田地区