はじめに 発掘誌 文化と自然1 文化と自然2 文化と自然3 文化と自然4 風土博物館
■文化と自然1

001.鵺ぬえの声を聞く
002.象のいた村
003.赤米の栽培
004.明礬の稼ぎ
005.ヒデのあかり
006.消えた浅間大明神
007.馬鈴薯の栽培
008.熊野神社の大杉
009.硫黄の採掘
010.黒色磨研の注口土器
011.大笹関所
012.三原出土の経筒
013.シナ科のサユミ
014.高原の“舞姫”
015.石戈の発見
016.嬬恋駅周辺のにぎわい
017.鹿のいる風景
018.郷土料理“クロコ”
019「大笹の湯」引湯跡
020.天狗の麦飯
021.鎌原の郷倉ごうぐら
022.炭を焼く
023.山の呼び名
024.今井の宝篋印塔
025.門貝の熊野神社
026.袋倉の廻国供養碑
027.浅間嶽下奇談

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001.鵺(ヌエ)の声を聞く

 周囲を高山にかこまれた標高1000メートル前後の広大な浅間高原は、水系にも恵まれ豊かな自然林が展開する。著名な中西悟堂氏の調査によれば、この地域には、32科、102種の野鳥が生息するという。(『嬬恋村誌』)。

 事実、若葉・青葉の頃ともなれば、ウグイス、カッコウ、ツツドリ、ホトトギスなどが鳴き競い、シジユカラ、コゲラ、カケスなどが忙しく飛び交う。まさに、浅間高原は野鳥の宝庫なのである。

 私の住む大前字細原の地域では、6月かち夏の終わりにかけて、夜半から明け方にかけて、“ヒー、ヒョー”と断続的に甲高い悲しげな鳴き声を聞く。トラツグミの鳴く声である。トラツグミは、ツグミ科の鳥でハトよりは小ぶりで、その鳥毛は黄白色の地色に黒褐色の横しまがある。

 この鳥は古くから「ヌエ」の異名をもち、漢字では鵺と書き古典にもしばしば登場する。「古事記』の神代の部には、「青山に奴延(ヌエ)は鳴きぬ」とあり『万藁集』の山上燈良の「貧窮問答歌」では、その鴫き声の悲しげなことから、ノドヨフの枕詞として用いられ、「飯炊く事も忘れて奴延鳥乃のどよひ居るに」とある。概してその印象はよくなく、『和名抄」では『怖(こわい)鳥也」と記している。

 浅間高原の夜更けのしじまに何処からともなく聞こえ始め、やがて近づきそして遠ざかっていくトラツグミこと鵺の鳴き声は、私には妙な笛の音にも聞こえ、浅間高原が巨大な「能」の舞台と化し、古くからこの地に住んだ人々が名優となって、現れては消え、消えては現れる。

 かつては何処ででも聞くことのできた鵺の鳴き声は、今日、浅間高原で僅かに聞くことができる。そこに、浅間高原の自然の豊かさと、悠久な時の流れを感ずることができる。