はじめに 発掘記録 文化と自然1 文化と自然2 文化と自然3 文化と自然4 風土博物館
■文化と自然1

001.鵺ぬえの声を聞く
002.象のいた村
003.赤米の栽培
004.明礬の稼ぎ
005.ヒデのあかり
006.消えた浅間大明神
007.馬鈴薯の栽培
008.熊野神社の大杉
009.硫黄の採掘
010.黒色磨研の注口土器
011.大笹関所
012.三原出土の経筒
013.シナ科のサユミ
014.高原の“舞姫”
015.石戈の発見
016.嬬恋駅周辺のにぎわい
017.鹿のいる風景
018.郷土料理“クロコ”
019「大笹の湯」引湯跡
020.天狗の麦飯
021.鎌原の郷倉ごうぐら
022.炭を焼く
023.山の呼び名
024.今井の宝篋印塔
025.門貝の熊野神社
026.袋倉の廻国供養碑
027.浅間嶽下奇談

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010.黒色磨研の注口土器

 平成5年今井の東平遺跡から発見された黒色磨研の大小2個の注口土器を、県教委は県指定重要文化財候補として、県文化財保護審議会に諮問した。これを受けて審議会ではその適否を審議し、この程、適当であるとの答申をした。これにより、東平遺跡出土の注口土器は、嬬恋村初の県指定重要文化財となることが確定的となった。

 県指定重要文化財になることになった注口土器は、墓とみられる石を集めた構造物(配石遺構)下の穴の底から発見されたもので、副葬品として埋められたものと思われる。

 セットで発見された2個の土器は、大きさこそ異なるが文様や形は大同小異である。その表面は、普通の縄文土器とは異なり、整形の段階で丹念に磨き、特別な焼き方によって黒くひかっている。文様は器体上部には数条の櫛目状の細い線による曲線と、「の」字状の彫刻的な文様などが付けられている。また、その形は、幅と高さの比率が1対√2(1.4)とバランスも良く、日本の原始美術品としても優れている。

 なお、これらの土器が使用されていた時代は、土器の発見された場所及び状態、文様や形などからして、縄文時代の後期の、今からおよそ3500年前頃と推定される。

 これまで縄文土器は、家事をあずかる女性が、必要に応じて、随時作ったとされてきた。また、縄文時代は、身分と貧富の差のない社会ともされてきた。しかし、この2つの土器は、土器製作の専門的技術者による量産が考えられる。また、こうした優れた土器を所有し、しかも、それを副葬品とする立場の人の存在を考えずにはいられない。

 この程、県指定重要文化財となる注口土器は、嬬恋郷土資料館で公開され、嬬恋村の縄文文化の卓越性を示すと共に、縄文時代の社会についての、新たな情報を発信しつつある。