今宮白山権現跡 |
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今宮白山権現跡シリーズ嬬恋村の文化と自然今宮白山権現のこと石川、岐阜、福井県境に位置する白山は711年、越前の僧によって開かれたとされる。以来、立山と共に山岳信仰の対象として、あるいは修験道の聖地として著名となり、各地にその拠点が設けられるなど、その信仰は高まった。群馬・長野の県境に位置する吾妻山(四阿山)は、早くから白山権現を祀るなどして、山岳仏教や修験道の聖地であった。 『加沢記』によれば「……本朝の元祖にて井莊諾尊(いざなぎのみこと)を白山権現と敬いたてまつる。信州浅間、吾妻両山の御権現御一体なり、…・:」とあり、吾妻山に白山権現を祀っていたことを記している。さらに「上州の里宮は吾妻郡三原の郷にぞ建てまう」とも記している。 上州の里宮とされ三原郷の今宮権現について、今井在住西窪淳氏所蔵の石造塔の台石には 奇進社領之事、右所滋野瀧下□□、今宮白山権現に永代奇進申所也、子々孫々に於、不可有以疑、若いぎ申物ハ、権現之御ふけうた畄可也、仍為後日状如件、 應仁三年巳丑十一月吉日 大旦那滋野朝臣景幸 願主別当法師心秀口郷二郎やしききえ申所也 とあり、1469年にあたる応仁3年、吾妻郡の在地領主である羽尾景幸が、今宮白山権現に社領を寄進する。と記したものである。。また、三原出土の経筒の銘文には越前州平泉寺とある。平泉寺は、白山比�v神社の別当寺であり、□とされる梵字は、白山の本地仏である十一面観音を表している。これらのことから、享禄3年(1530年)の頃、すでにこの地に白山の信仰が浸透していたことを物語っている。 その後、天正8年(1590年)ときの沼田藩主真田信幸も、武運長久のため社領として5貫文を寄進したとの史料もある。 西吾妻の滋野姓海野氏を名乗る武士や真田氏は、武運長久と領内繁栄のため、今井の地に白山権現を祀るなど、吾妻山の神を篤く崇拝していたのである。 松島榮治先生の講義録より |
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