関東ブロック ユースホステルガイド

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◆茨城県ユースホステル協会
◆加波山荘ユースホステル
◆潮来荘ユースホステル

潮来荘ユースホステル

日本ユースホステル協会サイトより

TEL:0299-64-2510 FAX:0299-64-5891
ペアレント 酒井 信一
〒311-2435 茨城県潮来市上戸2031-3
収容数 15人
宿泊費
(会員) 2500円
食事 朝食500円 夕食850円
会員外宿泊費は600円増し。

潮来は霞ヶ浦と常陸利根川が作り出した水郷の里。周辺には、鹿島神宮・香取神社など見所も多く、6月のあやめ祭りは必見です。

交通: 東京駅から高速バス鹿島神宮行きで潮来ターミナル下車。市の巡回バスで潮来荘前で降りられます。

施設: 鉄筋2階建て。テニスコート2面。 休館: 12/31-1/4
チェックイン受付:16時〜20時(夕食予定者は18時まで)
チェックアウト受付:7時〜9時
少年おやじ(潮来ユースホステル)
朝日新聞(潮来ユースホステル)



潮来市観光ガイドホームページより

 潮来市は、古くから水運陸路の要所として栄え、大化の改新のころ国府(現在の石岡市)から鹿島神宮ヘ通じる駅路「板来の駅」を設けたのがまちの始まりだと伝えられています。その昔は、地名を「伊多古」、「伊多久」と称し、また常陸風土記には「板来」と書かれていたのを、元禄年間に徳川光圀公が「鹿島の潮宮」にあやかって「潮来」と書き改め、今日に至っていると云われています。

 近世になると、奥州諸藩の物産を集めて江戸に向かう千石船が銚子河口から利根川にて潮来に至り、潮来で1〜2反帆の高瀬舟に積み荷の積み替えを行い、前川は行き交う大小の船で賑わい、荷の揚げ降ろしの船付場(河岸)が続き中継港として大いに繁栄をしました。

 しかし、潮来が大いに繁栄したのは、この江戸時代中期ころまでであり、元文年代(1736〜1740年)の大洪水で利根川の本流が佐原地方に移ると、中継港としての機能を失ってしまいました。

 さらに、明治に入って常磐線が開通し、陸運が盛んになってからは、水運は一挙に衰退し、それに歩調を合わせるかのようにして潮来も寂れてしまいました。それ以来、この地方では、産業らしき産業もなかったことから、地元の若い娘の収入源として、観光客の案内を兼ねてサッパを操ったところ観光客に好評を博したことから“娘船頭さん”として知られるようになりました。

 昭和30年3月には、美空ひばりさんの「娘船頭さん」のロケが水郷潮来で行われたのがきっかけとなり、その名は全国的に知られるようになりました。この地方は、周囲を水に囲まれた水郷地帯であったことから、この地域一体には水路(江間)が縦横に張りめぐらされ、嫁入りする際に花嫁や嫁入り道具を運搬するときにもサッパ舟が使われており、昭和30年前半ごろまでは日常的に行われていました。この嫁入舟が、全国的に知られるようになったのは、昭和31年10月に松竹映画「花嫁募集中」とタイアップし“ミス花嫁”を募集したことがきっかけとなり、花村菊江さんが歌った「潮来花嫁さん」の大ヒットによりさらに全国的に知られるようになりました。


朝日新聞の紹介

http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000130806090001より

ユースホステル 旅人もてなし45年

 ユースホステル(YH)。団塊世代には懐かしい言葉だろう。ドイツで生まれた「旅の宿」ネットワーク。県内には現在4カ所あり、潮来市上戸のYH潮来荘は開設して45年。酒井信一さん(60)、知子さん(58)夫妻が旅人の世話をしている。
 YHは最近、中高年世代に見直されているという。観光地のYHは学生時代の思い出を懐かしむ夫婦連れなどが目立つ。「うちはそれほどでもないけれど。ただ、昔来たことがあるので、と泊まっていく人はいますね」と知子さん。「今は、仕事で来て連泊するお客さんが増えたかな」
 潮来荘は信一さんの父、昇さんが63年に自宅を開放して始めた。折からの旅行ブームで、12畳、10畳、6畳2間の4部屋は休日前後は満員つづきだった。「廊下でもいいから泊めてほしい、というホステラー(客)もいた」と信一さんは笑う。
 2人しか入れない小さなまき炊きの風呂は30人も泊まると3、4時間待ちになる。それでも文句は出なかった。「でも、こちらは風呂釜に付きっきり。火加減、湯加減を見ながら懸命にまきをくべた」。父を手伝っていた信一さんの一番つらかった思い出という。

 11畳と8畳3間、6畳の5部屋に建て替えた75年、旧麻生町(現行方市)から知子さんが嫁いできた。ブームは去っていたが、「5月の連休とか、夏休みはにぎわっていましたね」。

 霞ケ浦を船で来たり、房総半島1周の途中で寄ったり。カレーライス、コロッケ、納豆、ワカサギの佃(つくだ)煮。「家庭料理と同じ食事が喜ばれた」と知子さんは振り返る。

 YHの主人を昔、ペアレントと呼んだ。今はマネジャー。呼び方だけでなく、お客の気質もすっかり変わってしまったという。
 かつては相部屋が普通で、見知らぬ同士がおしゃべりし、すぐに仲良くなった。ミーティングと称しゲームや合唱を楽しんだ。今は相部屋は嫌われ、様々な注文も多い。それでも知子さんは「お世話になりましたと、お礼の手紙が来るとうれしいですね」と話す。

 信一さんは筑波、土浦から霞ケ浦の堤防を通って潮来まで来る県のサイクリングロードの完成に期待をかける。「土浦で自転車を借り、潮来で返すシステムにすれば、潮来の泊まり客は増えるはず」。そんなお客には、潮来荘名物で知子さん手作りのカボチャケーキが出迎えることになる。

これは、関東ブロック・ユースホステル連絡協議会公式サイトです。古い情報もありますので、かならず御確認のうえ、ご利用ください。
また、ユースホステル全般に関するお問合せは、日本ユースホステル協会へどうぞ。
日本ユースホステル協会のサイト http://www.jyh.or.jp/index2fr.html

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